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ご心配おかけしました
2006年11月27日


11月20日
無事手術が終了したのでご報告です

手術翌日、すぐにUPしようかとも思ったのですが
術後の経過などもみてからにしたかったので、遅くなりました

当日は、全身麻酔もちゃんと覚めたし
術中、大きな出血も無く
翌日からも、たいした出血がないので、普通に生活できています




以下、当日~経過を書いています


みかの母親が、急遽仕事を休んで手術前日に山口にかけつけてくれたので
(車で7時間)
夫が会社に行くのに送り出してから(本当は夫に送ってもらおうと思ってた)

9:40
母親と一緒に産院へ
診察券と手術の同意書を提出
順番待ちが4人ほどいたみたいだけど(電光掲示板にて)
すぐに診察室へ通してもらえた

10:00 
念のため、最後の内診(エコー写真も見せてもらいました)
(やはり稽留流産)
手術の前処置で、子宮口を広げなければいけないので子宮口に棒(?)を入れる
この処置がすごーい痛かった
うまく入らない場合、付近をつまむと言っていたのだけど
私の場合つままれたみたい。。。
先生は悪くないのに、何度も謝ってくれた

「痛い痛い」と言って泣いてたと思う 

母親も一緒に診察室へ入ったけど
(処置のときは中待合で待ってもらった)
『やさしそうな先生だね』と言っていた

前処置が終わったら
ベッドのある広い個室に案内され手術まで待機

個室に移動するときに、新生児室の前を通った
ガラス張りだったし、何人かの赤ちゃんが見えた
かわいいなーってちゃんと思えた
良かった

ガウンみたいなのに着替える(下はショーツだけね)
きれいな部屋で、ソファーも(みかは座ってないけど)テレビもあったし、もちろんトイレも

前処置でお腹がずっと痛かったけど(痛いのは1時間ほどでましになった)
母親も一緒で1人じゃなかったし、気がまぎれてよかった

12:00
点滴(ブドウ糖)←朝から絶飲絶食だったので水分補給?
注射(。。。聞くのわすれた 麻酔を効きやすくするか子宮の収縮を防ぐのどっちか?)

点滴の針が特殊なものらしく、すっごーーい痛かった
しかも、手の甲の少し上のほう
また『痛い痛いと』と叫んでいた・・・
(術後、麻酔が覚めきる前に点滴がついたまま暴れたみたいで、まだ青々とあざが残っています)

注射後、トイレへ(指示があったので)

12:20
手術室へ
待機していた部屋の隣が手術室だったので移動は楽
待機の部屋の内ドアで移動できた
(隣というか、小さい器具の部屋をはさんでと言う感じ)

心電図を胸に付け、両腕を固定
血圧測るやつを右腕に(左腕は点滴したまま)
左手人差し指の先に何かつけた(脈拍計測?)
足は固定され、緑色のカバーをかけられていたが
先生が入ってくるまでは下半身にタオルをかけていてくれた

12:30
先生が手術室へ入ってくる
点滴している部分から安定剤注入
(腕がしびれるような痛さ。。。前もって言われてたのに、また『痛い痛い』って叫んでた)
その後麻酔をされ、意識が無くなる

13:15
なんとなく意識が戻るが、言葉が出ないし目も開かない
夫が部屋に来ていて(仕事は午後からお休みをとってくれたので)
手を握っていてくれた
母親は背中をさすっていたと思う
(とにかく意識が戻ったとたんすごい寒気を感じていた)

夫も母親もしゃべりかけてくれているが
返事が出来ない
看護師さんが『声は聞こえていますから』と説明していたのが聞こえた

手術室からは、ストレッチャーで運ばれたみたい
手術後、夫と母親の待つ部屋へ運ばれる前に一瞬意識が戻ったような気がするが
激しい腹痛と吐き気で暴れていたもよう
『お腹が痛い』と言いたいのに、口からは何か分からない叫び声だけ出てたきがする


意識がはっきり戻るまで、なんどか目が覚めたり寝たりを繰り返していたみたいだけど
目を開けるたびに夫が目の前にいてくれて
手が握られていたので、うれしかった

後日夫から
『目が覚めたみかは、赤ちゃんの事を話して泣いてたよ』と教えられた

なんとなく意識が戻ったことを確認した母親が家事をする為に帰宅

看護婦さんが様子を見に来てくれていた
(何度だったかは記憶があやふやで不明)
『ノド渇いてるよね?』とか『おなか痛くない?』と聞いてくれてたと思う

ボーっと寝たままの私の口を
夫が濡らしたティッシュでふいてくれていた
(カラカラに乾いてたようです)

15:00
まだ少しふらふらするが、意識ははっきりして
スムーズにしゃべることもできるようになった
術後、寒さで震えていた私に電気アンカや毛布布団2枚を重ねてくれていたのだけど
だんだん体温が戻ってきたのか暑く感じるように

点滴をはずされる

着替えて、歩けそうだったら診察するというので

16:00前
ゆっくり着替えて、診察室へ
(これも、待合に行ったらすぐに通してくれた)

このときも、新生児室の前を通ったのだけど
全員いなかった
お母さんのもとへ連れて行かれる時間だったのかもしれない



子宮内の出血も多少見られたものの(エコー写真を見せてもらった)
ごくわずかだったし、心配要らない程度だったので
そのまま産院をあとにしました

子宮収縮剤・抗生物質・痛み止め処方
手術代、部屋代 全て込みで ¥7550-




術後の体調は、上にも書いたように順調に回復しています

手術当日も、『帰宅後食事はOK』と言われていたので
朝から何も食べていないのも手伝って、普通に食事が出来ました


出血(生理ほどひどくは無い、ちょろっと)は1週間くらい続くと言われていたのですが
手術当日、帰宅後の出血もほとんどなく(痛み止めも服用しないですんだ)
翌日からも、トイレに行った時に
ペーパーにうっすらピンク色のおりものが着くくらいで済んでいます
術後はシャワーのみ可でしたが、
25日土曜日の検診で、子宮内はきれいになっており(エコーを見ました)
出血も溜まっていなかったので、やっとお風呂も入れるようになりました
(今は、生理終わりかけのような状態になってます)








前処置や、注射、点滴、手術台に上がるのを嫌がって、痛がって泣いてた私に嫌な顔もせず
やさしくしてくれた看護師さん
何人も何百人もいろんな妊婦さんを診てきていて、特別なことではないのだろうけど
きちんと言葉を選んで接してくれ、
誰のせいでもないと、何回も何回も話してくれた先生
ありがとう


心配してくれていた友達 たくさんの優しい言葉に救われました
妊娠を知ってから常に気にかけてくれていた夫のお母さん
(夫が妊娠陽性反応が出てすぐに連絡してしまった)
ひたすら私の体を気遣ってくれたお父さん
仕事があったのに、遠いところから駆けつけてくれたお母さん
深刻な話にせず、元気付けてくれた妹
元気の無い私を励ましてくれた姪っ子
ありがとう

ずっと私の側にいて、私を支えてくれた夫
赤ちゃんがいなくなってしまったお腹を、
いた時と同じようになでなでしながら寝てくれた夫
ありがとう


天国に行ってしまった赤ちゃんは、
たくさんいる中から私たち夫婦を選んできてくれたのだと思います。
残念な結果になってしまいましたが「起こること全てに意味がある」なら、
今回のことも意味があるのだと思います
もしかしたら、
結婚式後、約半年 妊娠しなかったのを心配していた私に
『妊娠できるよ』と慌てて教えに来てくれたのかもしれません



手術後間もない私ですが体は回復しつつあります
手術当日の朝までつづいていたつわりも術後にはすっかり消えました
食欲もバッチリ戻っています(つわりで落ちた体重も戻ってしまいました)
ただ、気持ちの整理がまだつきません
先週末に予定していた妊婦ちゃんの友達と会うのも、キャンセルしてしまいました

涙の出ない日はないし、ふとした拍子に思い出してしまいます
夜ベッドに入ると悲しくて、泣いちゃう私を支えてくれる夫に感謝

なんだか涙もろくなってしまってて
歯医者で、私用のテレビ(DVD)がスピッツだっただけで
うれしくて感動して泣けたくらい


術後の週末、夫が有給を入れて4連休にしてくれていたのだけど
順調に回復とはいえ、術後1週間もたっていなかったし
気持ちもまだ不安定だったので
夫と二人、家で遊んだり、近所をドライブしたりでのんびり過ごしていました
少しは元気になったかな


今、少し停滞中のブログですが
しばらくしたら、ちゃんと再開する予定なので
その時はまたよろしくお願いします


06-11-27_09-54.jpg


少し気が早いけど、クリスマスツリー飾りました・・・(箱から出しただけですが)



稽留流産とは
胎児の発育が停止したものの、腹痛や出血などのいわゆる流産徴候が全くないままに
2週間以上経過してしまう場合を稽留流産という

治療しても妊娠を継続することは不可能な状態であり、人工的に掻爬を行わなければならない
主原因は胎児側にあるものと考えられており、最も多いのは胎児自身の染色体の異常である

しかし、精子や卵に原因があるのではなく、受精したあとの受精卵自体の問題であると考えられる
流産する確率は全妊娠のうちの約10~15%であると言われ、
決して流産自体は珍しいものではない。
 






友達が教えてくれたサイトです
ポコズママの会
気持ちが沈んでいくのを助けてくれたような気がします
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テーマ:流産体験~流産に負けない!~ - ジャンル:結婚・家庭生活
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私のこと

名前・みか
家族・夫と2人暮らし
BD・5月7日
血液・AB型

2005.01.24 blogスタート
2005.09.27 山口県へ
2005.10.05 入籍
2006.03.25 結婚式
2007.04.26 高知県へ

05年入籍の専業主婦
2007年4月高知県に引越し
慣れない土地で奮闘中

06年2月より前の記事は
画像のお引越しがまだなので
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